仁藤町

大獅子掛川市は、江戸時代城下町として、又、宿場町として栄えた町でした。

宿場の入り口、東門と七曲がりのある新町、東番所のあった喜町に続いて、高札場のあった町が仁藤町です。

私達の町の祭りは、明治時代より三年に1度の〝大獅子の舞″を祭りの柱にしてきました。

大獅子は幕末、天然寺の住職帆誉上人が三重白子町の大きな獅子頭を見て、現在の仁藤町の大獅子を考案したと伝えられています。

是非掛川大祭を見に来る遠方の皆様には掛川の街並み、又掛川の祭りの楽しさも十分に味わっていただく事を願っています。

大獅子は最後の舞を天然寺において、かがり火の下で千秋楽の舞を行います。

是非、街中では見られない勇壮な舞をご堪能ください。

法被
藤色地に、背中「獅」の染め抜き、または、「頭」の朱文字。
裾に、藤の花の図柄。

提灯(弓張り)
朱引きの地に藤の図柄、裾のみ白地、「仁藤」の文字。

屋台(彫り物、天幕)
明治21年製作。平成8年総漆、同9年車輪新調、同12年漆塗装。
欄間に獅子の彫刻を配している。

余興(獅子舞)
大獅子の舞


旭町

02_旭町旭町は、昭和23年頃、掛川の東に位置し、「朝日」が一番早く昇る町として名付けられました。

初代屋台は昭和27年に出来ましたが、台風による屋台小屋の倒壊等で損傷を受け、その後も修理を繰り返し使ってきましたが、区民皆様のご協力により56年ぶりに屋台を更新いたしました。
現在の屋台は2代目で、平成20年に新造し、平成23年には漆塗りが、今年は天幕に鷹の刺繍が施され、より一層華やかな屋台となりました。

昭和30年頃、約40世帯ほどの町も、現在は当時の4倍を超え活気ある、明るい町となりました。

法被
緑地に細かい「旭」の図柄、裾に「車輪」の染め抜き。
背に「祭」の髭文字。

提灯(弓張り)
上下に朱引き、「旭町」の文字。

屋台(彫り物、天幕)
昭和27年製作、同52年漆塗装。

余興(手踊り)
木遣りくずし、深川、奴さん、五万石、金毘羅船々


神明町

02_神明町神明町は掛川城を西に望み神明神社を東とする151戸の静かな住宅地です。
町内には永正10年1513年創建の正願寺、永禄2年1529年城中から移された神宮寺、天正18年1590年建立された真如寺の古刹三寺のある由緒ある古い町です。
江戸時代に「東士族地」と呼ばれ明治の初めには「通り町」と変わり明治30年頃に「新東町」となり昭和初期に神明宮のあるところであるので「神明町」にすると土地の古老・幹部の相談で決まって以来「神明町」となっております。

法被
藍染め紺地に、長唄「五郎」にちなんだ千鳥と胡蝶の舞遊び、裾に波がしら。

提灯(弓張り)
上下に朱引き、「神明町」の文字

屋台(彫り物、天幕)
昭和56年新調。
鳥と蝶の天幕と、欄間に獅子と竜、四神の彫刻、御簾脇に大黒天と恵比寿天の彫刻を配している。

余興(手踊り)
づぼらん、どんどん節、掛川小唄、田原坂、神田節、五郎


道神町

02_道神町我が町道神町は、新町郵便局以北、神明宮までに位置する50戸余りの小さな町です。

区民全体で祭典に参加し、明るいまちづくりに役立つものとして、昭和42年の大祭りを機に「獅子」が誕生しました。

法被、提灯の意匠は、一区民の発想によるものであります。

縞模様の母衣をいっぱいに張って威勢よく舞う「獅子」の姿は圧巻であり、最近は少なくなっており、掛川祭りの伝統を受け継ぐものとして珍重されています。

法被
鼠色地に鈴の図柄、袖口と裾に綱の図柄、背中に四角に囲った「道」の文字。

提灯(弓張り)
上下に朱引き、道神町の文字。

余興(獅子舞)
小獅子の舞